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平成21年3月15日日曜日

「北斗星」に「彗星」「銀河」「明星」・・・これなぁんだ?

「北斗星」「彗星」「銀河」「金星」「あけぼの」「あかつき」「明星」・・・

星ネタ続きだから、天体の話題と思った方もいるかもしれませんが、このあと、
「冨士」「はやぶさ」と続くと、わかった方もいるでしょう。
そんなあなたは、十分に鉄分が足りてます。
そうです。駆ける「蒼い翼」こと「ブルートレイン」のことです。
(ネタ提供・・・かわむつ先生)

遠い昔、私の鉄分もいい感じにあった頃、ブルートレインはあこがれの的でした。
東京に特急やら夜行列車で行くのが当たり前の時代、ホテルのような居住空間や食堂列車で贅沢に東京に向かえるブルートレインはあこがれの的でした。

そのブルートレインですが、その歴史にまたひとつ終幕が訪れました。先日3月13日で『冨士』『はやぶさ』がラストランとなってしまったのです。東京駅発の定期の機関車牽引列車のダイヤは、これで消滅だそうです。それを知ったのは、なぜかTINGAR経由でございました。
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話せば長くなるのですが、まとめると、
TINGARA応援団仲間の「かわむつ」先生と「まっちゃん」先生の二人が、ボクネンズパーティ(不定期に行われるTINGARAのひでおさん主催のパーティ)にて、3月13日のブルートレインのダイヤ改正に伴う廃止が協議されました。この二人の先生は、筋金入りの鉄道マニア(通称:鉄ちゃん)であり、その情熱と熱意と模型を愛でる二人に、いたく感動し、共感したTINGARAのマドンナこと「つぐみ」さんがそのラストランを見るべく約束させられた(!?)のでした。

下見もこなし、そのラストランを撮影&録音しようとした、TINGARA応援団鉄道マニア部隊+TINGARA歌姫のユニット(通称:鉄組)に、録音のエンジニアとして、プロのミュージシャンとして黙っていられなくなったTINGARAのひでおさんも巻き込みながら、その当日「RadioTINGARA」の録音までこなすことになったのでした・・・
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ここまでの経緯が面白く、ブログでじわじわと盛り上がる感じに(違う意味で炎上?)、私も熱くなってきたのでした。

参考ブログ

つぐみんぐ:
ブルートレイン『冨士・はやぶさ』レポート
録りました!ブルートレイン『富士・はやぶさ』ラストラン

まっちゃん酢:
寝台特急「冨士・はやぶさ」よさらば・・・

そして、何よりも、その情景を音に閉じ込めた【RadioTINGARA】(特別編40分拡大バージョン)が、鉄ちゃんでない(と思う)我々にも、感動を与えてくれました。最後の汽笛は心の裏側にまで浸み渡ります。
まさに、映画銀河鉄道999の最後の城達也の名セリフ、「今、万感の思いを込めて汽笛が鳴る。今、万感の思いを込めて汽車がゆく」・・・そんな感じでした。
RadioTINGARA:
ブルートレイン『富士・はやぶさ』のラストランを脅威のバイノーラルサウンドでお届けします

それを録ってくれたひでおさん、いやいやながらもきちんと心まで録ってくれました。その場にいた人たちになりかわって、お礼を言わせてもらいます!
ひでおちゃんねる:
寝台特急『富士・はやぶさ』/驚異のバイノーラルサウンドでお届け
ありがとう!ひでおさん!

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あー、書いていて鉄分が補給されました(笑)

最近見たニュースで、ブルートレインの給水装置は、いまだ紙袋に水を注ぐタイプでしたね。それをみて、さらに郷愁感があがりました。あの、紙袋の水ってなんでもないんでしょうが、弁当ともに買ったお茶や冷凍ミカンと同じように、汽車や特急に乗ることができるという特権だったんですよね。

http://mainichi.jp/select/wadai/graph/hayabusafuji/(毎日新聞社のブルートレイン特集)

そして、さらに記憶が遡ります。
私が高校時代、東北方面からの終着駅は上野でした。上野駅は昔の駅舎で、鳩が多く住み、懐かしいような古びたような温かいような、人生の思い出が染みついた駅でした。故郷を出て東京に向かう新幹線に乗って、雪残る山形を後にして、孤独感に憂鬱になりながら桜咲く上野に到着。右も左もわからないままにおのぼりさんは東京に来たのでした。

最近、地元ローカル線に昔走っていた汽車が戻りました。あるイベントで実現したのです。40年ほど前に走っていた汽車C11を、JRが眞岡鉄道からお借りして、わざわざ「おかえりなさいC11」というイベントを開いたのです。そのイベントのラストランの時にビデオ撮影していたのですが、その最後の汽笛の長いこと!そして、それを聞いているうちに、その汽笛が「ありがとう!さようなら!ほんとにみんなありがとう!ぼくを忘れないでね!」といっているように聞こえて泣けました。(また見てみるかな・・・)

今回のブルートレインのラストランの汽笛も、同じようにいろいろな熱い思いが詰まって聞こえたものですから感動するのでしょうね。(涙)
そして、その記録をしたTINGARAの二人に感謝し、挿入曲に使われた「蒼い翼」の妙に改めて感動しました。

拝(-人ー)

平成19年6月11日月曜日

お帰りなさい!「C11 325」

お帰り!「C11 325」
昭和42年~昭和47年ころ、私の故郷、JR左沢線を走ったのは、通称「汽車」と呼ばれるSL[C11 325]でした。しかしながら、燃料が石炭から石油に代わり、ディーゼル車の時代になったのでした。
私が小さい頃、これに山形に行ったそうです。もう記憶にはありません。
ただ、地元の記憶には、今でもディーゼル車のことを「きしゃ」と呼んだり、転車台があった駅の話になることで残っています。
そして、左沢線を去ったそのあとは、米沢に行き、数年で眞岡鉄道に売られ、眞岡鉄道にて大事に使われていました。

それから30年ほどの月日がたった3年ほど前、JRと地元の沿線の市町村のバックアップで、その故郷の地に戻り、走ることを企画され、昔走ったその線路に帰ることを許されたのです。

私は思い出します。3年前の最後の運航日、きっと今生の別れを地元に告げるべくならされた惜別の汽笛は今でも忘れられません。いつもよりも長く、切なく鳴った汽笛が、私のビデオカメラに残ったのはとてもうれしく思います。
毎年来るようになりましたが、最近の最後の汽笛は、「また来るよ!」とこころなしか明るく感じられます。
その雄姿を少しだけカメラで写して見ました。マニアほどよくは撮れませんが、ちょっと私らしさもいれた作品にしてます。

ちなみに、転車台がない終点の左沢駅では回転ができないので、東北に二台しか残ってないというディーゼル牽引車(?)によって、後ろ向きに繋がれ、後退しながら山形に向かうという楽しみもあります。(ディーゼル牽引車を見に来る人もいるし、後退しているシーンを見に来る人もいます)

来年もくるかなぁ。