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平成23年6月15日水曜日

平成21年8月27日木曜日

小旅行・・・「羽黒山」

 

 

 


「羽黒山」・・・・山形県
出羽三山と呼ばれる、「月山」「湯殿山」「羽黒山」と呼ばれる霊山(霊が集まるところ・・・怖いね)を奉る山岳信仰の場です。
神社でありながら、仏閣もあったり、修験道者がいて修行していたりと、不思議なところです。
熊野三山(三重)、英彦山(九州)とならぶ三大修験山らしいです。まぁ、東日本では、羽黒山が中心となっていたようですね。

国宝五重塔をはじめ、重要文化財は多数あり、国内外から注目を浴びています。
修験道者のなかにも外国人の方が映ってますが、修行したい外国人の方も後を絶ちません。
そのせいか、羽黒山や注連寺などはミシュランガイドでも三つ星をもらうほどの評価です。

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8月の下旬、旅行に行きました。山形の新庄と庄内を巡る旅でした。
地元でもわからないことを発見した旅でした。一眼レフとビデオカメラ(ムービー)を持って行きました。

「撮るぞー!」と意気込んで行きましたが、早々にレンズ(EFS17-85mm)がおかしくなりました。
まったく絞れなくなったのです。
それに気づくまで、何度も設定を変えたり、電源入れなおしたり、メモリーを変えたり、レンズを外したりしました。
でも、何度チャレンジしても「Err99」で、シャッター音がおかしい。
結局、シャッターチャンスや良いシーンは空振りに終わりました。

「昨年、結構お金出して直したばかりなのになぁ。」と「観音」さまにうらみつらみをブツブツ。

諦めきれずにいろいろいじってみると、レンズを開放しているとなんとか撮影できることを発見!
でも、いまいち気が乗らないためか、撮った写真を見てみる、失敗の作品ばかりなり(涙)

まぁ、そのなかでもとりあえずお見せできそうな羽黒山の一コマを抜粋してみました。

あとは、ビデオカメラに収まっているかなぁ。いいのがあったらまたアップします。

結局、レンズの接点を磨いたら直ったみたい。おいおい!
Posted by Picasa

平成21年3月31日火曜日

「おくりびと」を「たずねびと」

日本アカデミー賞各賞総なめ、また本場ハリウッドで行われた「アカデミー賞外国語映画賞」を受賞した「おくりびと」。もちろん、ストーリーや日本ならではの死に対する尊厳の表現など、中身も充実しておりました。それに加えて、山形県内各地でロケが敢行され、その素朴な風景や味のある建物なども話題となりました。
現在でも、「おくりびと」受賞での感動と旋風は熱いままで、DVDが発売になった現在でも、いまだロングラン上映中、地方巡業上映中であります。
山形では、置賜の「天地人」、庄内の「おくりびと」、村山の「モンティディオJ1昇格」と勝手に盛り上がっているところです。

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私ももちろん見に行ってきたのですが、その作り込みのすごさとストーリーへの引き込まれ方に感動をしてまいりました。地吹雪のシーンの最初から泣いて笑って、泣いて笑って、泣いて、泣いて笑って、泣いてと泣き笑いが二時間で8回もありますから、飽きないし感情が高ぶったまま見続けられるという非常に珍しい映画でした。本当にいい映画でした。(これを見るときは、やはり、生活感のない映画館でどっぷりと浸るのが最高ですね)
おそらく、私も映画を見る方ですが、過去見た中では間違いなく三本指に入る名作となりました。涙があふれて止まらないし、映画終わった後も感極まってしまい、映画の話ができませんでした。話題に触れるとまた涙がこみ上げてくるからです。これほど目が腫れてしまった映画はあまりありません。
おそらく、見ている人それぞれの「惜別の念」とオーバーラップするのだと思います。だからこそ、多くの人との別れを経験してきた人ほど、感情移入してしまうのではないでしょうか。

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映画の中に、時折白鳥が出てきます。メインロケ地になった酒田市周辺には、越冬するために白鳥をはじめとした渡り鳥たちが沢山います。そのなかでも白鳥は「魂を運ぶ鳥」ともいわれ、まさに「おくりびと」にもぴったり。そのあたりの韻を踏むようなところが、映画には数多く出てきます。

日本の文化や風習を外国の人に見せたいという思いなのか、葬式のバックにひな人形があったり(通常なら片付けますよね?赤色だし)、山形らしさの演出で花笠や太鼓があったり(庄内で花笠はあまり踊りません)、土着の風習の葬儀(最近ではめずらしくなった)を撮影したり・・・改めて感心します。

もともと富山の方が書いた本が原作ですが、庄内がロケ地になったことで「納棺夫日記」という映画タイトルは付けられなくなりました。そのため、「おくりびと」とタイトルになりました。
そのロケ地の庄内は、「空港がある」「高速がある」「電車もある」「庄内映画村という映画ロケ誘致団体があり、地元協力も得られやすい」「ロケもしやすいし、ロケハンもかなり楽」「ほどよく田舎」ということで、低コスト予算(おそらく3億?)で作成するにはもってこいだったと言われてます。

出てくる潰れかかったオーケストラは山形交響楽団で世界的に有名な飯森範親氏が実際に指揮をとり、本木雅弘さんのチェロの演奏をしています。本木さんのチェロへの情熱はたいへんなもので、役者根性を改めて思い知らされました。広末涼子さん演じる奥さんがチェロを音を聞きながら眠るというシーンがありましたが、実際にホテルの屋上?で本木さんがチェロの練習をしている音を聞きながら、広末さんは寝たといっておりました。その山形交響楽団は、指揮者村川千秋氏が結成に携わりました。その村川千秋氏は、村川透監督のお兄さんです。村川透監督といえば、「西部警察」「あぶない刑事」「はみだし刑事 情熱系」「探偵物語」の監督で、映画「野獣死すべし」でも監督し、お兄さんが指揮者として登場します。

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まぁ、語ると尽きないのですが、簡単にいえば、夫婦でハマりました(笑)
で、たまたま酒田に出張がありましたので、そのロケ地を巡りながら、家族で2時間ほど散策と食事をしてきたのでした。海のものも山のものもおいしい街です。

そんなざぶん家のお散歩もスライドショーでどうぞ。

平成20年9月5日金曜日

東京家族漫遊記:第七章「東京ってすごいね」

※初めてこの漫遊記をご覧になられる方は、このシリーズの序章
東京家族漫遊記:序章 からご覧ください。
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さて、明治神宮を後にした我々ですが、原宿駅に着く頃には、雨も結構降ってきました。
傘が小さくて二人に一つではあまり役立たずです。それにもかかわらず、さらに大粒の雨になってきましたので、みんなで駅に駆け込みます。

雨をぬぐいながら、パパは切符を買いに走ります。切符を子供たちに渡しながら、自動改札の入場の仕方をまた教えました。
子供たちは、自分で切符を入れて、自分で取りだすというミッションが、アトラクションみたいで楽しいようです。
「うん、わかった!」
と珍しく言うことを聞きます。

そして、ちょうど入ってきた山手線に乗りこみ、池袋方面に向かいました。
その電車に揺られ、子供たちの顔を見ながら、私たち夫婦はあることを話し合っていました。

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それは、TINGARAのひでおさんが言った「子供進化論」(こんな名前でしたっけ?(^^;)です。

ひでおさんが、ボクネンさんに聞いた話では「長男→二男→三男と進化していく」という話でした。
嫁曰く、
「顔のつくりからすると、三男がイケメンなのは、そういうことなの?」
「そういうことを言ったのか?」
ちょっと違うような気もしますが、なんとなくそう言わればそう?
でも、結構、努力で成果を上げている長男もいます。
あ、それは、努力しないと才能が開花しないのか?(笑)

どっちにしても、進化の元となる原人は私ですから、そこから進化発達したとしても、世の中の予想の域を超えはしないでしょう。残念!・・・・はぁ~。自分で突っ込んで、さらに虚しい(--;

ところで、ひでおさんは長男だと言っていましたが、弟がひでおさんを上回る進化を遂げたとしたら、どんなことになっているのでしょうか?
ボクネンさんの子供たち、長男の太一君はネット知り合いになりましたが、他の弟さんたちはどうなの?
けっこう、他人の意見に左右されてしまう私たちのようです。

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そんなことを嫁さんと話しながら山手線は、新宿に到着しました。乗ってくる人ごみを見渡すと、傘を持つ人が多くなってきました。窓の外を凝らしみると、窓から見る新宿のネオンの下で、色とりどりの傘がクルクル回っています。本降りになってきたのでしょうか?

昔、私の青春時代を過ごした街を家族と眺めながら、電車は雨で暗くなった街を横切っていきます。

懐かしの戸田野球場も見えました。あそこで野球の試合もしましたね。あの頃のユニフォームのネームも「ZABUN」だったのを思い出しました。そして、高田馬場につきました。

「高田馬場~」と駅員さんがマイクでしゃべっています。
駅員さんの真似をして、パパが、
「たかだぁのばばぁ~」
というと、
「パパ、婆ぁ?」
とうれしそうに子供たちが聞いてきます。東京じゃ面白くないギャグも、田舎育ちの彼らにはつぼにはまった面白いギャグのようです。ゲラゲラと笑っていました。

そうこうしているうちに池袋につきました。8月17日は学校などは夏休み中とはいえ、会社が始まっているところもあるでしょう。帰宅する人たちも多くなってきました。迷子にならぬよう、パパとママは子供たちの手を握りながら駅の改札を出ました。

そして、先ほど預けた荷物を取ってこようかとロッカーに向かうと、ママが、
「ちょっとお願い!」
「ん?何?」
「帽子買いたい!」
さっきのSEIBUのバーゲンを思い出したのでしょう。
普通ならダメというパパですが、東京まで来てママの楽しみが何もないのもかわいそうなので、快諾しました。

その買い物の間、買い物には邪魔な子供たちを連れて、パパはトイレ探しの旅に出たのでした。
ご存じのとおり、池袋のSEIBUは縦長で、結構歩きます。ママの買い物している階はレディース専門なので、男性トイレがないのです。ですから、ぐるぅーっと回らないといけないのです。

で、トイレから帰って来ても、まだ決まらないようです。階段でぶらぶらと子どもたちと遊んでいるうちに、ようやく決まったようです。お会計をして、今度はロッカーに向かおうとしたら、

「あ、こっちにも安いのがある!」
とママが言いました。

「えー!」
と、男どものブーイングの嵐で、その場は流しました。

そして、雨も降っていることですし、ロッカーから荷物を出して、サンシャインに一番近い出口から、上に出ました。

そして、外に出たら・・・・!

すごい集中豪雨!
子供たち曰く、

「東京ってすごいね!」

間違ってるぞ、君たちの認識!

平成20年8月29日金曜日

東京家族漫遊記:第六章「みんなの笑顔」

※初めてこの漫遊記をご覧になられる方は、このシリーズの序章
東京家族漫遊記:序章 からご覧ください。
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さて、睦稔さんと握手することになったざぶん家族。

あまりにもうれしくて、ひでおさんの撮ってくれたボクネンさんとご対面するシーンを何度となく見ていたりします。ひでおさん、ありがとう!
ちなみに、長男は、ひでおさんのことをびでお先生と呼んでました・・・確かに(笑)

さて、ちびっ子三人がChojiさんデザインの「命の森」カタログをそれぞれ持ちます。
「君たち、兄弟か?」
「うん!」
さらにまぶしいボクネンさんの笑顔が光りました。きっと、子供が大好きなんですね、ボクネンさん。

「おぉ。確かに(大中小と)並んでいるな!」

(睦稔さんところも男三人なんですよね)という声に、
「うちは女の子もいるから、四人なんだけどね」
とのコメント。うーん、うちは、打ち止めです(^^;

「山形から来てくれたんです」
とのひでおさんから一言。
「山形から?わざわざ来てくれたのかぁ!」
とボクネンさん。ねぎらってくださってありがとう。でも、山形より沖縄の方が遠いです。

で、私たち夫婦は、
「は、はい!」
とボクネンさんの問いかけに、緊張した笑顔で応えるのが精一杯。ボクネンさんの笑顔に圧倒されまくりです。
でも、ビデオで確認したからわかるんですが、私たち当事者は勿論、子供達も周りを取り巻く人たちもみんな笑顔なんです。

寅さんが以前、
「睦稔さんの笑顔はすごいよ」
と言っていたのがよくわかりました。この笑顔は、みんなを幸せにしてくれる笑顔なんですね。

でも、緊張しまくりで、「話そうと思った久米仙フォトコンテスト入賞の話」や「私のオリジナル応援団名刺を渡すこと」、「自分も命の森プロジェクトスタッフであるということ」などという私の野望は、すべて飛びました(笑)

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さて、サインの時に、子供たちの名前を聞かれました。
「かずま はやと りゅうや」
と答えました。ご厚意で、名前入りのサインを書いてくれるとのこと!
(ラッキー!)とメモ紙にそれぞの名前を書いたところ、それぞれのカタログに、それぞれの名前を入れてくださいました。

でも、このカタログ、確かに3部ありましたが、そのうちの二部は、本来は友人のと会社のCDの分。しかしながら、この時点で、すべてうちの家宝になりました。(ーー;
みなさん、これは内緒ですよ。(笑)

さて、サインが終わって、子供たちはそれぞれ握手してもらいました。
長男は握手をかわし、そして、
「ありがとうございます!」
と去っていきます。

二男は、握手したのですが、その握り方が弱々しかったのでしょう。
「だめ、もう一度。男は力を入れんと!」
とダメ出しされました。
で、もう一回握手しなおしました。(二回握手できて良かったね)
今度は力いっぱい握手をしたみたいです。
「そ。男はそうでないとね!」
と言われてました。
そういえば、前にひでおさんに聴いた話がありました。
『ボクネンさんは握手のパワーで男を見る』ということを。

そして、三男のりゅうの番です。一番小さいのに、
「ありがとうごじゃいましゅ!」
と一番大きな声で挨拶できました。
「よし、いい挨拶だ!」
とボクネンさんに褒められました!(えらいぞ!りゅう!)

そして、ボクネンさんとの握手の場面。三男は大きな声で挨拶できて褒められたので満足したのか、あろうことか、ボクネンさんが「握手!」手を出した瞬間!彼は、振り向いてたち去ろうとしてました。(汗)

「あ、りゅう!あきゅしゅ!」
私の口もしどろもどろです。強引に三男をくるっと回し、もう一度ボクネンさんの方に振り向かせて、きちんと握手させました。

でも、ボクネンさんの笑顔の中にも、ちょっと行き場を失ってしまった右手の分、寂しそうな感じを見たのでした(笑)

でも、その分、しっかりと私たち夫妻も握手させてもらいました。
握った感じ、大きくて包まれるような感じがしました。この手で作品を彫っているのですね。
感動のひと時でした。
そして、子供達も嫁さんも、なんだかんだ言いながらミーハーでした(笑)
しっかりとサインしてもらって、握手した感動をいつまでも記憶に留めておいてもらいと思います。
なにせ、この体験と思い出は、すごい財産ですから・・・

いつか、我々が地上からいなくなっても、このスペシャルイベントを孫の代まで語り継いでいってね。

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そして、そのあとのマイミク「ミーさん」のカメラマンとして撮影したり、ゆあみさんとしばし歓談したり、マイミク「イナセなギンポさん」とごあいさつさせてもらったり、ちょっと足が宙に浮いているような感じでしたが、いろいろな人とご挨拶などさせてもらいました。

でも、そろそろ帰ることにしました。今回の主役は子供たちですから、今度は子供たちの番です。
ひでおさんやお世話になった人たちに挨拶して、文化館を後にしました。



そしたら、龍村監督のかわいい女の子がお迎えにきておりました。監督の顔が、いつもは見られないような優しい笑顔のシーンを見ることができました。あとからひでおさんに聞いた話では、龍村監督のお子さんだということ。地球交響曲 第五番で生まれた赤ん坊がこんな形で見かけられたのは幸運でした。

さぁ、雨も降ってきたようだから、急いで原宿駅に戻ろう!
こらこら、東京まで来てセミの死骸は拾わなくていいよ、君たち!

※写真が少ないのは、睦稔さんと対面するだけで精一杯だったから。
 どなたか、わが家族を写した写真があればありがたく頂戴します。(^^;
 そして、このブログに掲載したいと思います。

※で、写真が送られてきました。オフィシャルカメラマン、まっちゃんありがとう!!

 アルバム:「睦稔さんに出会った!」

送信者 睦稔さんに出会った!

平成20年8月28日木曜日

東京家族漫遊記:第五章「迫力の笑顔」

※初めてこの漫遊記をご覧になられる方は、このシリーズの序章
東京家族漫遊記:序章 からご覧ください。
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さて、休憩所で休憩するはずが、カキ氷とコーヒーとミートスパゲッティを頼むことになりました。
これから生のボクネンさんにサインしてもらうので、スパゲッティがTシャツにはねないよう、紙ナプキンを首の周りに張り巡らし、完全防備で食べさせております。

15:45・・・サイン会まであと15分

ようやく食べ終わりました。速攻で片づけをして、展示室の入り口の前に行くと・・・
すでに、ライブトークを終え、サイン会に来た方々の長蛇の列!
雨もけっこう振ってきました。「ポツポツ」から「サー」ぐらいになってきたのでしょうか?
でも、外の通路には屋根があるので、安心です。

ということで、家族みんなで並ぶことにしました。
が、ふと気付くと、並んではみたものの睦稔さんにサインしてもらうモノがない・・・
そういえば、TINGARAのNewアルバム組曲「命の森」のCDを予約していたのでした。
実は、予約特典として、展覧会「命の森」のカタログ(Chojiさんデザイン)を貰えることになっておりました。ちなみに、私のと会社のと友人のと三枚よやくしておりましたので、カタログも三個に!

それをみんなで買いに行ってしまったため、(今考えると、私だけ列から離れて買いに行けばよかったんですけどね)もう一度はじめから並ぶ羽目に・・・(^^;

まぁ気長に最後尾に並んでいたら、昨年の暮れにお会いした応援団仲間(唐〇さん)がボランティアスタッフとして立っておられましたので、お話しを少しさせてもらいました。ボランティアスタッフの皆様には、頭が下がる重いです。重いじゃなくて思いですね。

そうこうしているうちに、サイン会の開始16:00。
ボクネンさんも社務所からこちらにいらっしゃいました。カメラマンらしき感じの人(湧卵?シャツの人)と来ましたが、並んでいる我々を見て、人の多さにびっくりしておりました。
そして、見ている我々に、ピカーっと光るボクネンスマイルがでます。
先ほどのライブトークでも、ピカッと光る笑顔のイメージが強かったですね。

雨も降っているので、雨のかからない階段に列が移されました。その人と人に挟まれた階段を昇りゆくカメラマン姿が!こちらのカメラマンは、東京にきて何度かお会いしているまっちゃんでしたので、すかさず声をかけました。
「おぉっ!ざぶんさん、いらっしゃい!」
と元気よく去っていきました。知っている人がいるのは心強いものです。生ボクネンさんに会えるという高揚した気持ちと皆さんの熱気に包まれてしまい、その雰囲気に呑まれかけておりましたが、少し安心しました。まっちゃんは、たぶん、TINGARA&BOKUNEN関係で東京にきて、一番お会いしている応援団仲間はまっちゃんかもしれません(笑)つぐみさんよりはあっているかも。

寅さんも並んでいる我々を撮影しております。さすがにピースサインはやめときました(^^;(寅さん日記のアルバムに私も映ってるかも:笑)

子供たちを嫁さんにまかせ、静かに列に並びます。他にも、マイミクやらネット仲間の人たちがいるのでしょうが、見渡して見ても、誰が誰だかわかりません。ですので、大人しくしておりました。だって、ライブトークにいた人たちが、ほぼ並んでいたり、展覧会にいらっしゃるのですから、すごい数なんです。私は、100番目?200番目?(笑)

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"並んでいる図"

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"目の前で握手している龍村監督"
(ドキュメンタリー映画『地球交響曲:ガイヤシンフォニー』監督)

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"撮影するまっちゃん"
(個人情報保護のためブレた写真を載せてます:笑)

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そうこうしているうちに、睦稔さんが目の前にいる位置まで列が近づいていきます。
その笑顔の絶やさない睦稔さん応対に感心するばかりです。それを見ていたら、後ろから
「ざぶんさん!?」
と声をかけられました。その声の主は、マイミクのミーさんです。本日、「会いましょう!」と約束した仲でしたので、
「ミーさん!?」
と挨拶をかわしました。時間もないので、少しだけお話しさせてもらいましたが、予想以上にパワフルぅ~。ボクネンさんへの思いも熱いです!

さて、僕たちの目の前に夢に見た睦稔さんが、真っ黒な笑顔で現れた!

"迫力の笑顔でサイン会を行う睦稔さん"


子供達も、
「あの、ビデオに出ていた人だよねぇ!」
とおおはしゃぎ!(おそらく、テレビに出ている芸能人だと思っている節があるが・・・)

TINGARAのひでおさんが、
「さぁ、次はざぶんさんたちだよ!」
と案内してくれた。持ってきたビデオカメラをひでおさんにまかせて、さぁご対面だ!

平成20年8月25日月曜日

東京家族漫遊記:第四章「睦稔さん」

いやぁ、子供たちは失禁寸前だったようで、社務所に入るなり猛ダッシュでトイレに駆け込んだのでした。
危ない。危ない。だから、あれほど、水ものを控えるように言ったんですけどね。

ひでおさんとしばし歓談中に、家族も順々に帰ってきた。
だから、順々にひでおさんに家族を紹介します。

「長男です。」 ← (ちょっと緊張気味かな?)
「二男です。『箱入り息子』(のモデル)です。」 ← (あれ?大人しい)
「三男です。」 ← (はにかんでるか?)
(みんな雰囲気が読めずあっけにとられている。ささ、あいさつあいさつ)

「こんにちわぁ」(三人ハモる)

そして、後から来た女房を紹介します。
(あれ、妻?女房?ママ?なんて紹介するといいのかな?)とちょっと戸惑います。

「嫁さんです。」 ← (普通だ!)
そして、嫁さんにもひでおさんを紹介する。

「こちらが、いつも話しているTINGARAのひでおさんね」
「いつも、主人がお世話になっております」
「いえいえ、いつも応援ありがとうね」

と会話が進むのだが、その私の応援の意味をわかっているのだろうか?きっと、知らない方がいいと思う(^^;
だって、「ひでおちゃんねる:撮影隊」「ひでおちゃんねる:機械部」は、男の甲斐性(ロマンともいう)だから・・・知られちゃまずいっす。知られたら殺されます。

(最近、「ひでおちゃんねる:生物部」もできたらしい?ね!>かわむつ先生)←こっちは知られてもいいかな?

とりあえず、子供たちにSEIBUデパートで買ってきた「暇つぶし用カードゲーム」を与えた。これは嫁さんの提案である。嫁さんえらい!
しかしながら、これの効果はおそらく30分ぐらいだろう。でも、ロビーで遊んでいるうちに私だけライブトークをのぞくことにした。(あ、ひでおさん、子供の面倒見てね:笑)

扉に向かおうとすると、そこに現れたボクネンズアート東京のスタッフさおたん。今回のプロジェクトリーダーだ!
「本当に来てくれたんですね!」
と言われた。嫁さんの前なので、「そそ、私はいつでも本気だよ・・・」と心の中でつぶやいて、
「はい!」
と答えた。
「でも会場がいっぱいなんですよ!」
「え?」

ということで、講堂をのぞいてみた。
(うげ!)と叫んでしまうぐらいの超満員。すごい、すごいっす!やはり、命の森プロジェクトのメンバーの宣伝の効果もあるのでしょう。すごいです。(シツコイようですが、一応私もメンバー(--;)
ま、13:30からの開始に、14:30ごろ来ているのですから当然です。

立ち見を合わせると、200名の予定に250人以上はいたのでしょうか?(ロビーあふれたちびっ子もいれて)ロビーも気になりますが、20分ほど時間をいただいて話を聞いてました。龍村監督の「炎」Tシャツの話とか「9.11」の話とか、なるほど面白いです。でも、外が気になるぅ。(^^;

そこに、オフィシャルカメラマンの寅さんが来た。
「どうも!」
「いらっしゃい!」
いつにもまして真剣な眼差しの寅さんの邪魔をしないように、声だけかけた。
他にも知っている人がいるし、いるらしい。マイミクさんやプロジェクトメンバーやTINGARA&BOKUNEN応援団人たちもいるのだが、いまいち顔をおぼえてない人もいるし、今回初めて顔を合わせる人もいるので、「らしい」なのです。

お、まっちゃんも一番前で頑張っている。オフィシャルカメラマンの寅さんとまっちゃんはペアルックのようだ。ボクネンさんデザインの青のかりゆしかな?ペアルックするほど、二人はラブラブいえ仲が良いのです。

さて、20分ほどで出てきました。沖縄っぽいカメラをもった人は誰だったのでしょう。挨拶しそびれてきました。

外のロビーに出ると、大人しくカードゲームをする長男と二男。ママと大人しく待つ三男。そして、近くにはひでおさんという、怪しい構図です(笑)
その間に、さおたんに、怪しいスナック(子供用)をおすそ分け。ついでに外にできた寅さんにも。
その恩返しで、「G8」と書いてある怪しいボールペンをいただきました。「わらしべ長者」の昔話みたいっす。
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「G8」・・・「爺8」=「じじい8人」の意味である。八人とは、寅さん、ひでおさん、まっちゃん、かわむつさん、Chojiさん、Koikeさん、・・・・あとの二人はご想像に任せます(笑)
30代の私は、当然「じじい」でないわけで・・・・って、その「G8」じゃない?こりゃまた、失礼しました!
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そこにボクネンズアート東京のmikiさんも登場。どう紹介したらいいか分からなかったので、普通に
「いつもお世話になってるボクネンズアート東京のMikiさんです!」
と、紹介してしまいました。(普通じゃない紹介って何?)
たぶん、ある意味、いろいろご迷惑かけている人No.1かもしれません。これからもお世話なります。

さて、ライブトークにあまりいても子供達も暇だし、迷惑かかるといけないので、いったん文化館に戻ることにしました。スタッフの皆さんも動き始めました。というのは、16:00から睦稔さんのサイン会があるのです。むしろ、私のような子持ちパーティは、ライブトークよりもサイン会向きでしょう。

ということで、文化館展示室に逆戻り!さぁ、出発だ!
ちょっとロビーで休んで落ち着いたわが子たちは、神宮の森もいつもの公園の如く暴れ回っています。
みて、この見事な二男の華麗なる側転を!




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ところで、戻り道の途中、嫁さんがぼそっと私に聞いてきます。
「さっき紹介してくれた、TINGARAだっけ?その代表曲って何?」
「何を今頃・・・」
そう、山形にいる間に、四六時中曲をかけて説明した私の特訓がなにも役立っていない。(涙)
一応、口で説明しましたが、あちらに帰ったら、TINGARA特訓講座のやり直しですね。(鬼)
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そうこうしているうちに、あっという間に文化館につきました。雨もサーっと降ってきました。トイレを済ませて、休憩所にいくと・・・・

「かき氷!」
「ジュース!」
とお決まりのおねだり。
「はいはい・・・」
と買う準備をしていると、さっきまで体操していた二男が
「ミートソーススパゲッティ!」

なにを?今?なんで?さっき食べたばかりでしょ?(昼食は一時間半前)
うそ?本気?(本気とい書いてマジという・・)

どうやら本気のようです。東京にきて食欲旺盛になった二男。
我が家はなんというエンゲル係数!
というか、サイン会に間に合うか! 

サイン会まで、あと40分!

平成20年2月8日金曜日

韓国旅行 その1 「観光名所&市街」編

韓国と中国は、旧正月を盛大に祝う。
今年は2月7日が元旦。
だから、どこもかしこもお祝いムード。冬はかなり寒くて厳しいけど、こういうときに来るのも面白いものだ。何より、寒さはここ山形と同じような感じだから、わざわざ防寒具を買わなくてもいい。

今回泊まったホテルは、明洞(ミョンドン)に位置して、遊びや買い物に行きやすかった。
そのソウルの街は活気があって、にぎやかで楽しい。旧正月のバーゲンセールで、何もかも安く(ホントか?)、ついついいらないものをたくさん買ってきたりしてね(笑)

あとは、韓国の文化や、名所めぐりもした。また、さらに厳寒な国境付近(DMS)に行って、北朝鮮が掘った第三トンネルも見てきた。また、南北をつなぐ鉄道の新しい駅「DORASAN駅」にも行ってきた。

あかすりも楽しんだが、「NANTA(乱打)」というショーも楽しんだ。家族で来るのもいいかもね。

日本でいう、アメ横のような南大門市場で、怪しげな買い物もしたり(笑)、怪しげなものを食べたり、見せられたり。

珍道中になりながら、無事帰ってきたのでした。

韓国旅行 その1「モノ編」

平成20年2月7日木曜日

ア「にょろ」ハシムニカ



韓国旅行から無事帰国!

ボクネンさん、TINGARAのひでおさん、マンボウさんたちが昨年いった韓国。
冬の厳寒時に、私も仕事仲間たちと行ってまいりました。

韓国の文化、流行、食事、歴史、エンターテイメントを知る旅行になりました。
ブログ仲間(TINGARA応援団仲間)の寅さんに迷惑をかけることもなく(笑)無事に帰ってきましたよん。

キムチに、トッポギに、プルコギに海苔・・・食べ物はおいしく、エステ(あかすり?)にショーと楽しんでまいりました。
この続きは、何回かに分けてご紹介しまーす。
Posted by Picasa

平成19年5月7日月曜日

恐怖!【平成原人の館】!

平成原人の遺跡


 鯉のぼりを対岸から見た後(前の日記参照)、我々は対岸から川に沿って下ることにした。
実は、もう何年も前から気になってしょうがない場所があって、そこはすぐそこだったからである。

 最上川の右岸沿いに、国道287号線は走る。もちろん、その道路は、国道であり主要幹線道路であるから、道は広いし、道の駅も国道沿いにあり、寂れた様子はない。
 しかし、左岸は国道から外れ、また崖が切り立ち、何度も崩れ落ち、地元の人たちを悩ませてきた。だから、道は狭いし、集落は忘れ去られてしまった感がある。
 その、左岸を下ると、その気になってしょうがない場所はあった。対岸から遠目に見ると、「遺跡?」らしきもが、妙にりっぱな「つり橋」のそばにあるようなのである。運転中は、ちらりと見るだけだから、詳細は分からない。

 しかしながら、その謎を解き明かす時が来た!苦節10年ようやく、解明のチャンスが来たのだった。

 そのつり橋を目印に、我々は車を走らせ、目的に着いた。
 ウグイスが大合唱をしている。また、その声はきれいで、「ほーほけきょ」の鳴き方も上手で様になっている。たまに、泣きかたがヘタなウグイスもいるのだ。そんな、ウグイスたちを萌黄色に染まりつつある木々の合間から探すのだが、一向に姿は見えない。
 子供達を車から降ろし、目的地へ歩いた。

「!!」
我々は絶句した。
「何これっ!」
子供たちは騒いだ。
「危ない!近寄るな!」
「そばから離れて!」
私たち親も、身の危険を感じ、神経質に大声を張り上げた。

戦慄で身震いする、おぞましいものが、いや、哀愁漂うものが見えた。それは・・・

「平成原人の館」・・・・ネーミングもまるでいけてない(涙)

キャラクターも石造りで、風化しないのだろう。あまりもきれいで時代を感じさせない風合い。そして、屈託のない笑顔。でも、おじゃる○かと思うような後姿で、はじめ人間ギャートルズのようないでたちをするゴンタくんのような見たこともないキャラクター。これが平成原人なのだろうか?

はじめあったであろうやりは風化し、その代りに誰かがさしてくれた竹棒に蔦が絡みつき、かえって悲しさを誘う。
それよりも、おどろおどろしいのは、遺跡の住居跡である。縄文時代か弥生時代かもわからない変わり果てた姿に、嫌悪感を覚えた。たぶん、本能的に受け付けないのだろう。

その傍らにあるつり橋は、8年ぐらい前に作られたばかりのもである。昔は、本当にぶらぶらする怖いつり橋だったのだが、いつのまにかきれいになっていた。立派になった今でも、人が歩くと揺れはする。

 つり橋から、絶景を眺め、時折訪れるバイカーやサイクラー達がつり橋をわたり、対岸へ来る。しかし、「平成原人の館」の圧倒的なマイナスのパワーにたじろぎ、早々に帰って行く。

 一体ここで何があったのだろうか?疑問は残るが、腹の減ったわれわれは、ここを後にした・・・(終)